第21回全印総連女性のつどいin宮城

「女性と防災」「復興支援視察」

六月二〇日・二一日に第二一回全印総連女性のつどいを宮城県で開催し、五組織一二人が参加しました。
二〇一三年九月に震災復興支援の第一七回のつどいの再訪を二〇一九年に企画しましたが、大型台風で中止となり、コロナ禍を経て一三年ぶりに実現できたものです。
初日はホテルベルエア仙台で「女性と防災」をテーマにワークショップも取り入れた学習を行い、その後、分散会で気づきの共有と職場の課題を出し合い交流をしました。二日目はバスで、災害遺構として保存されている石巻市の大川小学校と門脇小学校、女川市内などを視察し、震災から一五年たちライフラインは復旧しても人々の生活、復興は、なかなか進んでいない現実を学びました。
二〇日の全体会は、小澤女性部長から、女性のつどいの歴史と今回のつどいの内容紹介を兼ねた主催者挨拶があり、全印総連大塚委員長からは、「会社での防災」の重要性とホルムズ海峡封鎖によるナフサ不足で、印刷業界の資材不足と高騰で、今後の私たちの賃金や労働条件に影響がないように経済産業省などへ中小企業支援の要請を含めた挨拶がありました。
記念講演はNPO法人イコールネット仙台の宗片恵美子常任理事から「人権と多様性に配慮して防災・減災に取り組む」でした。
宗片さんは災害時でも人権・多様性を尊重する視点が大事であると強調しました。災害時の避難所の運営が男性中心では、着替えや洗濯時などをはじめとしてプライバシーが不足すること。生理用品不足、夜間トイレなど防犯上の不安など女性の声が届かず、炊き出しなど家事・介護負担の偏在していることを指摘されました。
宗片さんは、NPOの仲間と、三年間で一〇〇人の女性防災リーダーを養成し、ネットワークを一五年持続。住民参加での地域の避難所設計図作成と世帯構成・ニーズの可視化、トイレ問題への具体策を次世代への防災教育として学校・児童館・地域で実施し、日頃の防災訓練の必要性を訴えました。
震災直後に女性四〇人に聞き取りをし、五年後、一〇年後の追跡調査でも、孤立・家族分断・支援疲れ・配偶者健康悪化など未解決課題があるとのことでした。
ワークショップでは、聴覚障害、認知症、要介助の人のが「困ること」「必要な配慮と支援」を考え、グループで検証をし、各職場での避難訓練を紹介しました。
その後、二班に分かれて、学習の気づきと職場や組合活動などを出し合うなかで、消防士から話を聞く、消火器の使い方を習う、119番通報訓練など他社の訓練を知ることができました。また、生理休暇の半日単位取得、二日連続でなくても可能など個々の体調に合わせた運用が大事など職場や組合活動の課題を共有することができました。
二日目は宮城災対連ボランティアセンターの事務局長を務めた宮城医労連の小玉高弘書記長のガイドでバスツアーを行いました。
河口から五キロ地点の大川小学校では川を遡上してきた八・六メートルの津波に地域ごと飲み込まれ、大川小では児童七四人・教職員一〇人が犠牲になり、裁判も経て、震災遺構として保存されていました。
女川町では高台の医療センターから俯瞰し、震災前は住宅地だった海岸沿いは公園となり、女川駅と駅前商店街は新設され、住民は高台のマンション型の復興住宅と戸建て住宅に移転している状況でした。
石巻市内では、地域の人が避難した高台の日和山公園から市内を俯瞰し、震災遺構として整備された門脇小学校を視察。門脇小学校では地震発生後、訓練通りに学校裏の日和山に避難し一時間後に大津波が襲来。
発火した多くの車が校舎に寄せられ津波火災の炎に包まれ、垂直避難だけでは難しい一面があることを伝えています。実際に使用された仮設住宅が移築され、中を見ることができます。
遺族のメッセージも読み、整備された公園、集合型復興住宅や戸建住宅で復興したと見えても、震災以前には公園には何千世帯の人の生活があったこと、広範囲の移転を余儀なくされた現実がありました。慰霊・検証・防災の始まりは、「つなぎ、伝えていくこと」であると心に刻んだ女性のつどいになりました。