核兵器のない平和で公正な世界を

被爆80年の今年、原水爆禁止2025年世界大会が8月4~6日は広島で8月7~9日は長崎で、「被爆者とともに、核兵器のない平和で公正な世界を―人類と地球の未来のために」をテーマに、開催されました。
広島
8月4日の被爆80年広島のつどい、8月6日のヒロシマデー集会は広島県立総合体育館グリーンアリーナで行われました。核兵器が使用されれば何が起きるのか、生存被爆者の生の声を聞き、被爆者の体験とメッセージを被爆地だけでなく次世代へ継承していくことが訴えられ、「核兵器のない平和で公正な世界」への道を切り拓くための行動が呼びかけられました。
8月5日は「メディアはこれまで何を伝え、これから何を伝えていくのか」をデーマにしたMIC広島フォーラムに参加しました。依然として核兵器廃絶の道が見えず、核使用の懸念が強まっています。メディアは核保有国や政府への批判が不足していなかったかが問われています。
近年、幅広い賛同を得るためとして、被爆地での様々な催しで「非政治化」が少しずつ進められています。しかし、政治性を排除することは、見せかけの中立性の中で既存の権力構造に利益をもたらし、個人の苦しみや社会の問題の根源を見えなくするという危険性があります。個人の苦しみ、例えば被爆者の苦しみは、表面上は個人的なことでも、実際には未解決の戦後補償や国家補償といった非常に政治的・社会構造的な問題に繋がっています。今後、被爆者の体験を次世代にどう伝え、核兵器廃絶に繋げていくかメディアの役割について考えました。
長崎
20数年前にピースジャムに参加した時以来の長崎へ。8月7日には長崎市民会館で行われた原水禁大会では被爆者の方々の生の声を聞けて改めて核兵器が使用されたらどのような結果が伴うのか?を痛切に感じました。
8月8日は朝から平和公園、爆心地公園、原爆資料館を巡りました。
広島の原爆資料館にも5年前に行きましたが、同じ原爆資料館で長崎と広島では展示内容がこんなに違うんだなと感じました。長崎は資料としての原爆の実態を展示しており、広島はその時に地上に居た人達に焦点を当てた展示だったので是非両方見てみる事をオススメします。
午後からは「核のない世界を!2025MIC長崎フォーラム」へ参加しました。前半に証言をして頂いた日本被団協代表理事の横山照子さんの話は壮絶な体験に絶句するしかありませんでした。ノーベル平和賞受賞の際にフリードネス事務局長から「あなた方は世界が必要としている光なのです」との言葉をもらい、自分達の活動が少し報われた気がしたと話しておられました。
後半は長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)のセンター長の吉田文彦教授のトークセッションがあり、元新聞記者らしく、多方面からの視点を持って核兵器廃絶を目指す機運を高めて行く必要があるとの話が印象的でした。
今回長崎に行って感じた事は武力で相手を抑え込む事を是とする今の風潮は明らかに差別と分断が強くなってしまうということ。核兵器と人間は共存出来ないということ。もし使ってしまえば壊滅的な結果を後世まで残してしまうこと。